丹生川上神社の水神祭|水利系大企業が数多く参列!日本最古の歴史を持つ水神祭

 

「丹生川上神社」で毎年6月に行われる「水神祭」。

コレ、実はスゴイお祭りで、電力会社をはじめ水利系大企業の皆さんが参列する激しく奥ゆかしい内容になってます。

奈良県の山奥の神社でなぜ???

それは、もちろんお祭りが催行される丹生川上神社の歴史に由来。今回は、多分水神系のお祭りでは最古の部類に属し、かつ規模も日本最大級の「丹生川上神社の水神祭」をご紹介します。

 

丹生川上神社の水神祭|水利系大企業が数多く参列!日本最古の歴史を持つ水神祭

今年開催されたのは、6月4日(日)10:30からでした。

当日は天候にも恵まれ、この季節の清々しい雰囲気の中で催行されました。

東吉野村ですから、海抜250m前後、6月ながら平地の5月くらいの気候であります。新緑燃え上がる清々しさ、天気の良い日は本当に気持ちいいーのです。

▲見てください!この清々しい感じ!!!サイコーです!

に、しても、スゴイ車の数。。。Σ(゚Д゚;マジデ!?

丹生川上神社、普段はガラ空きなのですが、この日はもう、スゴイ。駐車場に入りきらず、手前の車道にズラリと車の列。水神祭、流石でございます。

 

▲私、三才堂が到着したのは10時20分。皆さま既に勢ぞろい??? それにしても丹生川上神社、清々しい!

 

▲氏子役員の皆さまが対応なう。受付で記帳を済ませて、、、って、そうなんです。実は今日は参列者として行って参ります!

 

▲おおう、、、既にこんなにいらっしゃってる、、、しかしスゴイ。拝殿に入りきってないじゃないですか!

 

▲本殿向かって左側には、東電や関電、他、ダムや電気や河岸工事やらの水利系大企業の皆さまが!!!

 

▲本殿向かって右側には、議員さんとか議員さんとか官公庁系の皆さまとか、私はじめ地元ゆかりの企業の御重役の方々が!!!

 

こ、これはキンチョウするでござる。。。

▲さー、いよいよ始まりますよ!!!

 

丹生川上神社の水神祭

式次第としては以下の通り。簡単に申し上げると、、、

  1. 水神への祝詞・奉納
  2. 黒馬・白馬、神楽奉納
  3. 参列者皆さんで榊奉納

といった流れ。

▲ちなみに、コレが神楽奉納の様子。リアル演奏によるリアル神楽でございます!スゲー、、、こんな間近で見るの初めて。。。

ずいぶんゆったりとした感じなんですね。。。

と、いうことで、水神祭自体は1時間ちょっとで無事終了でございました。

って、これで終わりではございません!

 

丹生川上神社の水神祭の直会

そうなんです。水神祭には直会(なおえ)の会なるものがありまして、参列者の皆さんで食事やらお酒やら・・・という宴の会であります。

▲こちら、直会のお食事セット!これにナント三輪そうめんやお酒やビールや、、、まー、ホント豪華であります。ありがとうございます。

 

▲さっそく、オープン!!!

って、スゲー!!!なんて豪華なんだ!!!

丹生川上神社の水神祭の直会の会場は、社務所の奥の会場。

ん?

会場???

そうなんです、丹生川上神社はそうは言っても旧官幣大社であります。最上級の神社として、巨大な会場があり、多分100人くらいであれば余裕で入ってしまうゴイスーな神社なんです。

私、三才堂は一人で参加しましたが、お隣の方がとても親切で、、、ノンアルコールビールを注いでもらったり注いでさしあげたりと、、、まー楽しかったです。

直会では、宮司様のご挨拶はじめ、副村長さんやらなにやらいろいろな方のご挨拶あり。

ま、コチラは、お食事が済み次第順次解散という流れで、、、

あっという間に終了いたしました。。って、この時点で13時前くらいでした。

 

おまけ

▲こちら、奉納用の黒馬・白馬であります。

って、ここで、ちょっと丹生川上神社の歴史をご紹介。

丹生川上社の歴史は、奈良時代の天平年間までさかのぼります。実は、日本最古の「降雨・止雨を祈る社」として、朝廷の篤い崇敬を集めてきた歴史があります。

スゴイですよ、マジで。要は1300年以上の歴史があるってことです。

背景として、710年の平城京造営があります。

コレ、唐の都「長安」をモデルにした本格的な国際都市で、平城京を中心に、律令国家としての体制整備が進み、国中の富が中央に集中するようになり、この結果、壮大で華やかな天平文化が花開きました。その繁栄ぶりは、『万葉集』の歌に「あをによし奈良の都は咲く花のにほふがことく今盛りなり」と詠まれるほど。有名ですよね、この歌。

で、この奈良時代の淳仁天皇の御代(天平宝字 7 年(763 年))に、初めて、丹生川上神社が登場するのです。

日本の歴史書である『続日本紀』には、祈雨のため、幣帛に黒毛の馬を加え丹生河上の神に奉ったことを伝えています。

「幣帛を四畿内の群神に奉らしむ。其の丹生河上の神には黒毛の馬を加ふ。旱すればなり。」 『続日本紀』

ということで。

幣帛(みてぐら)とは、神様に奉る供物のこと。このとき、大和は長く旱(日照り)が続いて水不足にあり、淳仁天皇みずから、畿内にいまします主要な神神に幣帛を奉り、その中でも特に、丹生川上の神には黒馬を加えて祈ったと伝えているのです。

で、これ以降、旱には黒馬を、霖雨(ながあめ)には白馬を奉ることが慣例となっていきます。

尚、黒馬は慈雨をもたらす黒雲を、白馬は晴れた空に浮かぶ白雲を象徴しています。

このように、天平の華やかしき時代には、丹生川上が雨乞いの社として確立され、朝廷の絶大な信仰を集めていたことが分かる次第で。

そして、なんとなんと、奈良時代を通じて、黒毛馬の奉納が 10 度、白馬の奉納が 3 度に及ぶほど、丹生川上社に対する篤い信仰があったと伝えていたりもします。

そんなこんなで、丹生川上神社の歴史、今から1300年余りも遥か昔から続く水をめぐる信仰と祈りが原点にあるということなんですよね。

そら、東電・関電はじめ水利系の大企業の皆様の崇敬を集めるはずです。現代においてはともすれば形式的なところになっていることも否めませんが、それでもなんでも、やっぱり、こういう歴史があったということは事実ですし、その上で今の自分たちがあることは再認識する必要があるかなと思う次第です。

 

おまけ②

お祭りの後、、、氏子役員の皆さま総出で後片付けの巻。

とか、

とか!

特に、車止めの柵の下の溝、水が溜まってってちょっとドロッとしてるのですが、皆さま手を突っ込んで石をかき出しながら対応されてました。ホントこういう支えがあってこそのお祭りなわけで頭が下がります。

他にも、テントとか!旗とか!いろいろ!!!

皆さま、本当にお疲れ様でございました。ありがとうございました。

 

まとめ

丹生川上神社の水神祭

その歴史は、実は1300年以上も昔にさかのぼる日本最古のお祭りであります。

出典は、『続日本紀』淳仁天皇条、旱(日照り)のとき、淳仁天皇みずから、畿内にいまします主要な神神に幣帛を奉り、その中でも特に、丹生川上の神には黒馬を加えて祈ったと伝えています。

で、これ以降「降雨・止雨を祈る社」として、旱には黒馬を、霖雨(ながあめ)には白馬を奉ることが慣例に。黒馬は慈雨をもたらす黒雲を、白馬は晴れた空に浮かぶ白雲を象徴。

水神祭の原点は、まさにココにあって、それ以来歴史の中で断絶したり行方不明になったりといろいろありましたが、現代の世にあっては、毎年6月の水神祭として水利関係企業の皆さんがこぞって集まって、水神様に感謝と事業の成功や日々の無事をお祈りしているという訳です。

山奥でやってますけど、その中身はかなり奥ゆかしいものがあったりします。

過疎が進む村にある神社の維持継続にご協力をお願い申し上げます。

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